プロフィール
mocomoco
mocomoco
飛騨高山にある「森林たくみ塾」にて木工を学ぶ。1999年より宮崎にて木工制作に取り組んでいる。

(お問い合せ)
manpukukobuta@hid.bbiq.jp

QRコード
QRCODE
みやchan インフォ
みやchan ホームに戻る
みやchan facebookページみやchan twitter
アクセスカウンタ
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 1人
 › 井上家具制作室 mocomoco › 2012年01月28日

2012年01月28日

夜と霧

1945年1月27日は、アウシュヴィッツのソ連軍による開放の日です。

ベルリンの壁が崩壊した年、私は、この地を訪れておりました。
ハンガリーから列車でチェコスロバキアを横断しクラクフへ入りました。

その当時は、列車の中で、両替を行っており、
(両替を催促するかのように、係りの人が回ってきていました。)
20ドル程取り替えたのを覚えております。
(以前は、外貨獲得のため、強制的な両替があったと聞きました。)

現地では、日本人の留学生などもいて、そう閉ざされた所とは、思いませんでしたが、
英語は、まだまだ、というような感じでした。

食事は、庶民が利用する、町の学食みたいな食堂で済ませました。

市場では、おばさんたちが、手編みのセーターを売っていました。肌寒くなってきた季節
だったので、一枚1000円位だったか、2枚買い、さっそく身に着けました。

アウシュビッツの近くに第二収容所ビルケナウがあります。
広大な土地に収容した建物ばかりが建っていましたが、
ここを訪れる人は少なくて、

ただ、ぼんやりと何時間も歩いていたような気がします。


戦争を体験した人などは、(気持ちの上で)ここに行くことができない。と
言われます。
 
せめて、戦争を知らない私たちは、歴史の一事実として、知っておかなければと思うのです。

アウシュビッツには、「働けば自由になれる」という看板がありましたが、実際、
そうではありませんでした。

今の時代、働けば自由になるかは別にして、
「働かなければ、自由はない」かもしれません。
ただ、それが、将来的に良いか悪いかは、別のの判断ですが・・・。

昨年、天災、そして、人災もありましたが、なりより怖いのは、
自ら命を絶つことです。



生かされている自分がここにいる・・・ことの意味を考えたいものです。





  


Posted by mocomoco at 09:42Comments(4)思うこと